夢十夜(ゆめじゅうや) Ten Nights of Dreams
第一夜(だいいちや) The First Night
夏目漱石(なつめ そうせき) Soseki Natsume
The dreamer sits at the bedside of a woman who says she is dying. Because of the warm color in her lips and cheeks, he questions, several times, if she truly is dying. After confirming that she must indeed die, the woman asks a favor. After she dies, he should dig her grave with a large shell, mark it with a fragment of fallen star, and wait at its side a hundred years for her return. The dreamer prepares her grave and buries her as requested. Then he begins his vigil, losing count of the days as years go by. As he begins to wonder if she didn't deceive him, a slender stem emerges and a white lily blossoms before him. He touches his lips to a dewdrop on the lily and knows in that moment that a hundred years have passed.
(1)
こんな夢を見た。
女が、横になっていた。
(横になる:to lie down) 私は、女のそばに座っていた。
すると、女が、静かな声で、「もう死にます」と言う。
女の髪は長かった。
やさしい顔をしていた。
ほほは、少し赤い。
(ほほ:a cheek) くちびるの色も、もちろん赤い。
とても、死ぬようには見えない。
しかし、女は静かな声で「もう死にます」と、はっきり言った。
私は、「本当に死ぬのか?」と尋ねた。
すると、女は、「ええ、死にます」と言いながら、ぱっちりと目を開けた。
大きな目だった。
まつげは、長かった。
(まつげ:eyelashes) その大きな目のひとみに、私の姿が、はっきりと映っていた。
(ひとみ:a pupil; an eye) (映っている:to be reflected)
私は、また、「本当に死ぬのか?」と尋ねた。
すると女は、黒い目を眠そうに開いたまま、やっぱり静かな声で、「でも、死ぬんです。仕方がないわ」と言った。
(仕方がない:can not be helped; no other choice) 私は、黙っていた。
「どうしても死ぬのか」と、私は思った。
(どうしても:really, by all means)
(2)
しばらくして、女が、また、こう言った。
「死んだら、埋めてください。
(埋める:to bury) 大きな真珠貝で穴を掘ってください。
(真珠貝:a pearl shell) そうして、空から落ちて来る、星のかけらを、墓のしるしとして置いてください。
(かけら:a broken piece) (しるし:a mark) そうして墓のそばで待っていてください。
また会いに来ますから」
私は、「いつ会いに来るのか」と聞いた。
すると女が言った。
「日が出るでしょう。
それから日が沈むでしょう。
それからまた出るでしょう。
そうしてまた沈むでしょう。──
赤い日が、東から西へ、東から西へと進む、──。
あなた、その間、待っていられますか」
私は黙ってうなずいた。
(うなずく:to nod) 女は、少し大きな声で、はっきりと言った。
「百年待っていてください。
百年、私の墓のそばに座って、待っていてください。
きっと会いに来ますから」
私は、「待っている」と答えた。
すると、ひとみのなかに映っていた私の姿が、崩れ始めた。
(崩れる:to lose its shape) それは、まるで、静かな水が動いて、水面に映っている影が崩れ始めた時のようだった。
その時、女は、目を閉じた。
長い、まつげの間から、涙が、ほほへ流れた。
──女は、もう死んでいた。
(3)
私は、それから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。
真珠貝は、大きくて、滑らかな貝だった。
(滑らかな:smooth) ふちは、鋭くとがっていた。
(ふち:an edge; a brim) (とがっている:sharp, pointed) 土をすくうたびに、月の光で、貝の裏側が、きらきらと輝いた。
(すくう:to scoop up) 湿った土の匂いもした。
穴は、しばらくして掘れた。
女をその中に入れた。
やわらかい土を、上から、そっと、かけた。
かけるたびに、真珠貝の裏側が、月の光で輝いた。
それから、星のかけらの落ちてきたものを拾って来て、土の上へ乗せた。
星のかけらは丸かった。
長い時間、空を落ちている間に、角が取れて滑らかになったんだろう、と思った。
(角:an edge) (取れる:to come off) 抱き上げて、土の上へ置くと、私の胸と手が、少し温かくなった。
(抱く:to hug)
(4)
私は苔の上に座った。
(苔:moss) これから百年の間、こうして待っているんだな、と考えながら、丸い墓石を眺めていた。
そのうちに、女の言った通り、日が東から出た。
大きな赤い日だった。
それがまた女の言った通り、やがて西へ落ちた。
赤いままで、一気に落ちて行った。
一つと自分は数えた。
しばらくすると、また、日が、ゆっくりと上って来た。
そうして静かに沈んでしまった。
二つと、また数えた。
私は、こういうふうに一つ二つと数えて行く。
そのうちに、赤い日をいくつ見たのか、分からなくなった。
数えても、数えても、数え切れないほど、たくさんの赤い太陽が、頭の上を通り越して行った。
(数え切れない:countless) (通り越す:to pass; to go past) それでも、百年は、まだ来ない。
しまいには、私は女に、だまされたのではないだろうか、と思い始めた。
(だます:to deceive)
すると、石の下から、私の方へ、青い茎が伸びて来た。
(茎:a stem; a stalk) (伸びる:to grow) それは長く伸びて、ちょうど、私の胸のあたりまで来て、止まった。
茎は、すこし揺れていた。
(揺れる:to sway) そして、その茎の先に、白い花が咲いた。
それは、ユリの花だった。
(ユリ:a lily)
私は、その白い花に、口づけをした。
(口づけをする(キスをする):to kiss) 私が、ユリから顔を離そうとして、ふと遠くを見たら、夜明けの空に、星が一つ光っていた。
「百年は、もう来ていたんだな」と、この時、初めて気がついた。
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