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 カエル(frog)


芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ)
Ryunosuke Akutagawa


 カエルは、世界せかい自分じぶんたちのためにあるのだ、とおもはじめる。

 そこへ、ヘビがやってくる。


(ヘビ:a snake)


 自分じぶんいまころんでいるそばに、ふるいけがあって、そこに、カエルがたくさんいる。

ころぶ:to lie down)

 いけのまわりには、たくさんのくさえている。

 そのこうには、たくさんのしげっている。

しげる:to grow thick)

 さらに、そのこうには、しずかななつそらがあって、そこには、いつも、こまかいガラスの破片はへんのようなくもひかっている。

破片はへん:a broken piece)

 そうして、それらがみな実際じっさいよりも、はるかにうつくしく、いけみずうつっている。

うつっている:to be reflected)


 カエルは、そのいけなかで、なが一日いちにちきもしないで、コロロ、カララとつづけている。

きる:to get tired of, to lose interest in)

 ちょっとくと、それは、ただのコロロ、カララにしかこえない。

 が、じつはげしく議論ぎろんをしているのである。

議論ぎろん:discussion)

 カエルが、しゃべれるのは、なにも、イソップの時代じだいだけではない。

(イソップ:Aesop)
時代じだい:a period; an era)


 なかでも、おおきなっぱのうえすわっているカエルは、大学だいがく教授きょうじゅのような態度たいどで、こんなことをった。

教授きょうじゅ:a professor)

みずなんのためにあるのか。

 我々われわれカエルがおよぐためにあるのである。

 むしなんのためにいるのか。

 我々われわれカエルがうためにいるのである」


「ヒヤア、ヒヤア」

と、池中いけじゅうのカエルがいた。

 いけ水面すいめんが、いっぱいになるほどの、たくさんのカエルだから、賛成さんせいこえも、もちろん、とてもおおきい。

賛成さんせいする:to agree)


 ちょうどそのとき根元ねもとねむっていたヘビは、このやかましいコロロ、カララのこえをさました。

根元ねもと:the root)

 そうして、あたまげると、いけほうた。


つちなんのためにあるのか。

 草木くさきやすためにあるのである。

やす:to grow)

 では、草木くさきなんのためにあるのか。

 我々われわれカエルに日陰ひかげあたえるためにあるのである。

日陰ひかげ:the shade)

 したがって、自然しぜんすべてが、我々われわれカエルのためにあるのではないか」

(したがって(=だから):and so(A、したがってB:B because A))


「ヒヤア、ヒヤア」


 ヘビは、二度目にどめ賛成さんせいこえくと、きゅうに、からだをぴんとばした。

ばす:to straighten; to stretch out)

 それから、そろそろとくさなかをはっていった。

(はう:to crawl; to creep)

 ヘビは、くろをかがやかせて、注意ちゅういぶかいけなか様子ようすていた。

をかがやかせて:with bright eyes)
注意ちゅういぶかく:attentively)


 っぱのうえのカエルは、まだ、おおきなくちをあけて、演説えんぜつしている。

演説えんぜつする:to make a speech)

そらなんのためにあるのか。

 太陽たいようがのぼるためにあるのである。

 太陽たいようなんのためにあるのか。

 我々われわれカエルの背中せなかかわかすためにあるのである。

かわかす:to dry)


 したがって、この世界せかいすべてが、我々われわれカエルのためにあるのではないか。

 みず草木くさきも、むしつちそら太陽たいようも、みな我々われわれカエルのためにある。

 あらゆる存在そんざいが、すべて、我々われわれのためにある。

存在そんざい:existence)

 この事実じじつは、もはやうたがうことができない。

事実じじつ:a fact; the truth)
(もはや~ない:no longer)
うたがう:to doubt, to suspect)


 わたしは、この事実じじつを、みなさんにわかっていただきたい。

 そして、わたしは、ぜん宇宙うちゅう我々われわれのためにつくったかみに、こころから感謝かんしゃしたいとおもう。

宇宙うちゅう:the universe; space)
つくる:to create)
感謝かんしゃする:to thank)

 神様かみさま、ありがとうございます」


 カエルは、そら見上みあげて、目玉めだまひとつ、ぐるりとまわして、それから、また、おおきなくちけてった。

目玉めだま:an eyeball)

神様かみさま、ありがとう……」


 その言葉ことばが、まだわらないうちに、ヘビのあたまちかづいたかとおもうと、このカエルは、あっというに、そのくちに、くわえられた。

(くわえる:to have it in one's mouth)


「カララ、大変たいへんだ」

「コロロ、大変たいへんだ」

大変たいへんだ、カララ、コロロ」

 池中いけじゅうのカエルが、おどろいて、さけんでいるうちに、ヘビは、カエルをくわえたまま、くさなかへ、かくれてしまった。

(かくれる:to hide oneself)


 あとさわぎは、このいけ世界せかいはじまって以来いらい一度いちどもなかったほどはげしいものだった。

さわぎ:noise, fuss)

 自分じぶんには、そのなかで、としわかいカエルが、きながら、こうっているのがこえた。


みず草木くさきも、むしつちも、そら太陽たいようも、みんな我々われわれカエルのためにある。

 では、ヘビはどうしたのだ。

 ヘビも、我々われわれのためにいるのか」


 としよりらしいカエルがこたえた。

としより:an old person)

「そうだ。

 ヘビも我々われわれカエルのためにいる。

 ヘビがわなかったら、カエルは、ふえるにちがいない。

(ふえる:to increase)

 ふえれば、いけが、せまくなる。

 世界せかいかならず、せまくなる。

 だから、ヘビが我々われわれカエルをいにるのである。

 われたカエルは、多数たすう幸福こうふくのための犠牲ぎせいなのだ。

多数たすう:the majority)
幸福こうふく:happiness)
犠牲ぎせい:sacrifice)

 そうだ。

 ヘビも我々われわれカエルのためにいる。

 世界せかいの、あらゆるものは、すべてカエルのためにあるのだ。

 神様かみさま、ありがとうございます」


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