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記憶(memory)僕は、十年ぶりに、実家に帰った。 (実家:parents' home) そこは僕が育った場所だ。 駅を降りると、まわりにあるものが、全て、なつかしかった。 (なつかしい:nostalgic) そして、小さく見えた。 駅の前の歩道も、バス停も、レストランも、小さく見えた。 記憶の中にあるものより、小さく見えた。 (記憶:memory) 僕は、自分が大きくなったせいだ、と思った。 しかし、すぐに違うと思った。 なぜなら、実家をはなれたのは、かなり大きくなってからだったから。 その時の身長は、今と、ほとんど変わらなかった。 だから、まわりのものが小さく見えるのは、僕の体が大きくなったからではなかった。 僕は、不思議だった。 どうして、全てが小さく見えるのだろう……。 僕は思った……きっと、僕の記憶が、長い間に、変わってしまったのだろう。 記憶の中の景色が大きくなって、そのせいで、現実が小さく見えるのだろう。 (現実:reality) *** 僕は、家の近くの公園を通り過ぎようとした。 その時、子供の頃に好きだった女の子のことを思い出した。 その子は、とても、かわいい女の子だった。 僕は、今でも、その子のことを、時々思い出す。 都会に出て、もう長く生活しているが、彼女ほど、かわいい女の子に会ったことがない。 僕は、まだ、彼女が好きなのかもしれない。 彼女に、また、会いたかった。 でも、彼女が今どこにいるのか、どんな生活をしているのか、僕は知らない。 彼女と最後に会ったのは、この公園だった。 この公園で喧嘩をした。 それから、しばらくして、彼女は引っ越してしまった。 喧嘩をしたまま、彼女と別れてしまった。 だから、彼女が、どこへ引っ越したのか、僕は知らない。 *** 実家に帰って、古いアルバムを開いてみた。 そこには、僕が彼女と一緒に遊んでいる写真があった。 僕は、じっと、写真の中の彼女を見ていた。 それは、都会に出てから、何度も思い出した彼女ではなかった。 記憶の中にある、誰よりも美しい女性ではなかった。 写真の彼女は、普通の女の子だった。 これも、記憶が変わってしまったせいだろう。 駅前の風景が小さく見えたのと同じだろう。 僕の記憶が、美しい彼女を作り出したのだろう。 そう思っても、僕の気持ちは変わらなかった。 やはり、彼女に、また、会いたい、と思った。
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